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仏教聖典(14)正しい人の生活


【仏教聖典】 (財)仏教伝道教会

P.201

信はこの世の旅の糧、功徳は人の貴い住みか、智慧はこの世の光、正しい思いは夜の守りである。汚れのな

い人の生活は滅びず、欲に打ち勝ってこそ、自由の人といわれる。
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仏教聖典(13)過去と未来の受け止め方


【仏教聖典】 (財)仏教伝道教会

P.200

まだこない未来にあこがれて、とりこし苦労をしたり、過ぎ去った日の影を追って悔いてれば、刈り取られ

た葦のように痩せしぼむ。

過ぎ去った日のことは悔いず、まだこない未来にはあこがれず、とりこし苦労をせず、現在を大切にふみし

めてゆけば、身も心も健やかになる。

過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。

今日すべきことを明日に延ばさず、確かにしていくことこそ、よい一日を生きる道である。

仏教聖典(12)煩悩は本質を見えなくする

【仏教聖典】 (財)仏教伝道教会

P.200

執着があれば、それに酔わされて、ものの姿をよく見ることができない。執着を離れると、ものの姿をよく

知ることができる。だから、執着を離れた心に、ものはかえって生きてくる。


P.200

まだこない未来にあこがれて、とりこし苦労をしたり、過ぎ去った日の影を追って悔いてれば、刈り取られ

た葦のように痩せしぼむ。

仏教聖典(11)善人と悪人


【仏教聖典】 (財)仏教伝道教会


P.140

悪人と善人の特質はそれぞれ違っている。悪人の特質は、罪を知らず、それをやめようとせず、罪を知らさ

れるのをいやがる。善人の特質は、善悪を知り、悪であることを知ればすぐやめ、悪を知らせてくれる人に

感謝する。

このように、善人と悪人とは根本的に違っている。

愚かな人とは自分に示された他人の親切に感謝できない人である。

一方賢い人とは常に感謝の気持ちを持ち、直接自分に親切してくる人だけではなく、すべての人に対して思

いやりを持つことによって、感謝の気持ちを表そうとする人である。


P.147~148

非常に気が早く怒りっぽい男がいた。その男の家の前で、二人の人がうわさをした。

「ここの人は大変よい人だが、気の早いのと、怒りっぽいのが病である。」と。

その男は、これを聞くとすぐ家を飛び出してきて、二人の人におそいかかり、打つ、ける、なぐるの乱暴を

し、とうとう二人を傷つけてしまった。

賢い人は、自分の過ちを忠告されると、反省してあらためるが、愚かな者は、自分の過ちを指摘されると、

あらためるどころか、かえって過ちを重ねるものである。

仏教聖典(10)念仏

【仏教聖典】 (財)仏教伝道教会

P.112~113

しかし、仏の名を念ずるものは、必ずその姿を拝むことができる。この仏は常にふたりの菩薩を従えて、念

仏する人のもとに迎えに来る。仏の化身はあらゆる世界に満ちているけれども、信心をもつ者だけが、それ

を拝み見ることができる。

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